大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1457号 判決 1989年9月04日

主文

一1  原判決主文第一項及び第四項を取り消す。

2  第一審原告の第一審被告東京都に対する原判決主文第一項記載の請求を棄却する。

二  第一審原告の第一審被告東京都及び同国に対する控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  控訴の趣旨

主文第一項同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

(乙事件)

一  控訴の趣旨

1 原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。

2 第一審被告東京都及び同国は、第一審原告に対し、各自三六〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和五九年一月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告ら)

主文第二項同旨

第二  当事者の主張及び証拠<省略>

理由

第一  第一審被告東京都に対する請求について

一  請求原因1ないし3項について

次のとおり訂正するほか、原判決理由一及び二を引用する。

1  原判決二三枚目表二行目の「2(一)」を「1及び2(一)」に改める。

2  同二三枚目表九行目の「(」の次に「原審及び当審、」を加える。

3  同二三枚目表一一行目の「及び」を「、」に改める

4  同二三枚目裏一行目の「)」の次に「及び同S」を加える。

5  同二四枚目裏一〇行目の冒頭から同一一行目の「尋ねたため、」までを削除する。

6  同二五枚目表一行目の「同音異議語の」から同三行目の「誤解し、」までを削除する。

7  同二五枚目表三行目の「道」を「みち」に改める。

8  同二五枚目表五行目の「(」から同一一行目の「)」までを削除する。

9  同二五枚目裏三~四行目の「の誤解に基づく認識を得た」を「推認した」に改める。

10  同二五枚目裏七行目の「電話番号」の次に「や訴外Nが訴外Oを隠避させた、鹿児島県奄美大島の「無我利道場」と称する、いわゆる極左グループなどが集まって生活している場所の責任者である訴外Yの住所」を加える。

11  同二六枚裏八行目の「記載した」の次に「公安第一課長あての」を加える。

12  同二六枚裏九行目の「に対し、」の次に「昭和五八年一〇月八日、」を加える。

二  第一審被告東京都の責任について

1  憲法三五条一項は、基本的人権の一として、何人もその住居について捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。したがって、他人の住居についての捜索等は、本来違法な行為である。しかし、これは原則であって、同項は、同時に、例外として、正当な理由に基づいて発せられた令状による捜索等は、違法性阻却事由があり、結果的に適法なものとして許される旨規定している。

憲法の右条項の定める「正当な理由」という捜索等の適法要件は、個々の場合に応じて、刑訴法において具体的に規定されている。本件のような第三者宅に対する捜索等の場合は、第一に、同法二一八条一項により、「犯罪の捜索をするについて必要がある」ことが要件であり(ここに「必要がある」とは、一定の犯罪事実の存在の有無が問題となっており、かつ、一定の物がその判定のための証拠となり得ることを前提として、その物を強制処分によって収集する必要性のあることを意味し、更に、第三者宅についての捜索の場合は、特にその場所で捜索を行うことの必要性をも意味するものというべきである。)、第二に、同法二二二条一項、一〇二条二項により、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある」ことが要件である。ちなみに、右に示したように、捜索は例外としてのみ適法なのであるから、これらの適法要件の存在の主張立証責任は捜索を行う者の側にあり、捜索を受ける者の側では捜索の要件の不存在についての主張立証責任を負うわけではない。

2  右の令状請求の適法要件の有無の判断に当たっては、公訴提起の違法性の有無の判断についての考え方を参考とすべきである。なんとなれば、令状請求は主として司法警察職員によって行われ、公訴提起による公判請求は検察官によって行われるという相違はあるが、両者はいずれも、公務員による、犯罪に関連して被請求者の人権を侵害する可能性のある行為であり、したがって、これらを請求することを決めた請求者の判断についてその適法性が求められなければならない点において共通しているからである。

公訴提起について、最高裁昭和五九年オ第一〇三号平成元年六月二九日第一小法廷判決(裁判所時報一〇〇六号一頁)は、次のように判示している。「刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに公訴の提起が違法となるということはなく、公訴提起時の検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、右提起時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが当裁判所の判例(最高裁昭和四九年オ第四一九号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁)であるところ、公訴の提起時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、右公訴の提起は違法性を欠くものと解するのが相当である。したがって、公訴の提起後その追行時に公判廷に初めて現れた証拠資料であって、通常の捜査を遂行しても公訴の提起前に収集することができなかったと認められる証拠資料をもって公訴提起の違法性の有無を判断する資料とすることは許されないものというべきである。」

公訴提起の場合について当裁判所の見解も右と同旨であるが、令状請求の場合についても右の法理を類推すべきものと考える。その結果は以下のとおりである。まず、捜索によって押収した物がその後の検討の結果押収すべき物には当たらないものであったということになった場合でも、そのことだけでは直ちに令状請求が違法となることはない(なお、刑訴法一一九条参照)。次に、令状請求時の司法警察職員の心証は、右請求時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により、第三者宅に対する捜索令状請求の必要があり、かつ、そこに捜索すべき物の存在を認めるに足りる状況があるということになれば、それで足りるというべきである。また、右の判断をするための資料は、請求時までに通常要求される捜査によって収集した証拠資料に基づくことを要し、かつそれで足りるというべきである。そして、請求時までに行うべき捜査の程度は、具体的な場合に個々的に判断することになるが、その際、犯罪捜査において本質的に要求される密行性と迅速性による制約を考慮しなければならないことは当然である。

3  これを本件についてみるに、本件令状請求をした警察官田原が令状の請求時に認識していた事実は、前記認定のとおり、寿荘内爆発物所持事件を起こしたOの逃走を援助した嫌疑で逮捕したNが鍵を所持していた日比谷公園内のコインロッカー内から押収した、Nの所有物と思われる手帳に第一審原告の主宰するアジア政経資料センターの名称及び電話番号が記載されていたこと、同時に押収した雑誌「路」にNと関連のある東アジア反日武装戦線との共闘の必要性などが記載されていたこと、雑誌「みち」について第一審原告に電話で照会したところ、同原告は、見たことがあり探してみるので、また電話をかけてくるようにとの趣旨の応答をしたこと(「路」と言って聞いたのか、「道」と言って聞いたのかは必ずしも定かでない。)、Nと共にOを隠避させたYが責任者である新地平社を捜索したところ、アジア政経資料センターの名称及び電話番号等が記載された書類が発見されたこと、第一審原告を三、四日尾行したところ、駅の改札口から入って電車に乗らず、別の改札口から出たり、路地に入ってから反対方向に方向転換し、再び戻ってきて立ち止まる、周囲をきょろきょろ見回す、パチンコ屋の店内を通り抜けるなどの不審な挙動が目立ったこと、第一審原告が発行していた月刊誌「コリア・ミリタリー」の主張がOやNらが共鳴していた東アジア反日武装戦線の思想と軌を一にしていると判断したことなどであるが、警察官田原が抱いたこれらの事実認識は、前示のとおり請求時までに行った捜査の結果に照らして、誤りとはいえず、一応無理のないものということができる。なお、警察官田原は、請求時までに、「みち」という発音の雑誌が少なくとも「道」と「路」の二種類存在することを知らなかったものであるが、この点の捜査まで要求することは、前記の捜査の迅速性の要請からみて、適当であるということはできない。

そして、警察官田原が、右の事実認識の下に、前示のO及びN等に対する被疑事件との関連において、第一審原告宅又はアジア政経資料センター内に、押収すべき物として、原判決添付別紙二記載の物品が存在すると認めるに足りる状況があり、かつ、令状請求をする必要があると判断したことは、前記の合理的判断過程の範囲内においてされたものと認めることができ、適法であるといわなければならない。

なお、本件において、前示のとおり、押収物はすべて数日後に返還されているのであるが、このことから本件押収が違法となるものではないことは、前示のとおりである。

4  本件差押えの個々の実施方法については、当裁判所も不法行為が成立しないものと判断する。その理由は、原判決理由三5と同一であるからこれを引用する。

第二  第一審被告国の責任について

本件令状の発布行為について、担当裁判官に国家賠償法一条一項の定める違法行為があったとはいえない。その理由は原判決理由と同一であるからこれを引用する。

なお、令状発布の裁判が、請求者側の提出する証拠のみに基づき、かつ非公開でされるということは、裁判行為についての右の法理に影響を及ぼすものではない。

第三  文書提出命令について

一  第一審原告の第一審被告国に対する請求は、前示のとおり、担当裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をした旨の主張がされていないのであるから、主張自体失当である。したがって、そもそも証拠調べの必要がない。そこで、本件捜査報告書についても証拠調べをする必要がないのであるから、右文書の提出命令の申立ては第一審被告国との関係では却下する外はない(なお、たとえ、右の趣旨の主張がされたとしても、右主張を立証すべき証拠であるということはできないから、その証拠調べは必要がないことになる。)。

二  第一審被告東京都は、前示のとおり、令状請求の適法要件の主張立証責任を負っているのであるから、右文書が右要件の立証に役立つものであるならば(同文書はその性質上右要件の立証に役立つはずのものである。)、同都としては、何らかの方法によってこれを入手して証拠として提出することが望ましい。その意味では、右文書の提出命令の申立ては同都によってされるべきものである。しかし、同都が右文書以外の他の証拠によって右要件を立証し得ると考えてそのような立証活動を行うのは、訴訟当事者の訴訟戦術の問題であるから、同都の自由である。そして、その結果、右要件を立証できないことになったとしても、同都はこれを甘受すべきであるが、立証できたとすれば、右文書は証拠として不要であったことになるわけである。本件では、前示のように、既に右要件は立証されたものと認めることができるので、更に右文書を提出させて証拠調べをする必要はない。したがって、右文書が民訴法三一二条三号後段の文書に当たるかどうかはともかくとして、右の必要性の点において、右申立ては却下を免れないものというべきである(なお、右文書については作成者自身がその記載内容について証言しており、これによってその内容は前示のとおりであることを認めることができるのであるから、右文書自体の証拠価値は低いものというべきである)。

第四  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、第一審原告の第一審被告東京都及び同国に対する請求は理由がない。そこで、第一審被告東京都の控訴は理由があることになるから、主文第一項のとおり、原判決主文第一項及び第四項を取り消して同第一項の請求を棄却し、第一審原告の第一審被告東京都及び同国に対する控訴は理由がないことになるから、主文第二項のとおり、同控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、九三条及び八九条を適用し、主文第三項のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 吉原耕平 裁判官 池田亮一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例